どうして飼い犬が亡くなるとこんなに悲しいんだろう?愛犬の死が親しい人の死と同じくらい辛い理由

8pt   2017-04-20 11:30
カラパイア

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 アメリカ、ニューヨークに住むアルヴィンさんは、11歳の時に念願の犬を飼うことになった。お気に入りのポケモンを選ぶのと同じように「君に決めた!」とその犬を選んだ。

 この時はまだ、犬が人間にこれほど影響を与えるとは想像もしなかった。両親はその時、「犬のトイレ掃除だけは必ずやりなさい」とだけ言ったという。

 レインボウと名付けたその犬は、アルヴィンさんが家を出た後も両親の家で飼われていた。ところが、レインボウが10歳になったとき、両親が海外に引っ越すことに。そこでアルヴィンさんが引き取ることになった。

 この話は、レインボウが虹の橋を渡り、その喪失感でいたたまれなくなったアルヴィンさんが、様々な文献を調べ上げ、「なぜ愛犬が亡くなるとこんなに悲しいのか」を、犬と人間の関係が築かれた時代にまで遡り分析したものである。

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こうして犬は人間を今日あるような姿にした
 犬と人間の関係は33,000年前には始まっている。学者によれば、おそらく一緒に狩りを行い、一緒にひまをつぶしたという。狼と人間はよく似ていたからだ――どちらも社会的な動物であり、目的を遂げるために積極的に協力し合う。

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 こうした同盟関係は人類の生存を助けた。一方でネアンデルタール人はそうではなかったという意見もある。

 人間がヨーロッパへ移住したとき、エルクやバイソンといった大型動物を大型肉食動物とネアンデルタール人と競合せねばならなかった。

 この競争に勝てたのは狼と手を組んだからという説がある。狼は獲物を疲れるまで追い立てるが、危険を避けるために接近はしない。止めを刺すのは鋭利な武器を持つ人間の役目だ。


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 獲物は山分けである。

 つまり、この同盟関係から現代の犬と人間が生まれたのである。


同盟相手から作業者……そして友人へ
 320年前、イギリスのある農家がクオンという犬を飼っていた。おそらく当時のほとんどの犬がそうだったように作業犬である。年老いて働けなくなると、「殺して、焼き、5キロの油を採った」と農家の日記に残されている。

 気持ちの良い話ではないが、これはペットという概念がいかに新しいものであるか示している。働かないのに面倒を見ている動物を指して”ペット”という用語が使われ始めたのは、わずか500年前のことである。それは犬を指すものではなく、どちらかというと親を失った子羊のことだった。

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 歴史家のキース・トーマスは、やがて動物を家に入れ、名前を付け、絶対に食べなくなったと論じている。

 そしておよそ200年前に近代的なペット産業が発展し始めた。ペットショップやペット用品が爆発的に増えた。

 およそ100年前、純血種の人気が高まり、ペット専門の獣医に対するレッテルがなくなったことから専門の獣医も増え始める。

 そして今、アメリカ人の6割がペットを飼っている。
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 こうした進化は弱者(子供、老人、病人、貧しい人)に対する考え方が変化したことと関係があるかもしれない。

 歴史家のキャサリン・グライアーは、「人間の性質、情感豊かな生活、個人の責任、他者に対する社会的義務に関する考え方の変化と関連がある」と述べている。

 だが犬との関係は、明らかに近所の老人との関係よりもずっと深い。

 ペットの種類を問わず、飼い主の半数がペットを家族とまったく同等の存在とみなしているのだ。3分の1はベッドの上で眠らせている。

 犬の飼い主に対してこんな質問をした研究者がいる。「もし暴走するバスの先に人と犬がいたら、どちらを助けるか?」と。40パーセントは外国人旅行者よりも犬を選んだ。

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だから犬は人間に似ている(ときには優っている!)
 現在の人間と犬の関係を理解するには、他の人間との関係を理解しなければならない。

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 その鍵は愛着理論である。これは人間は生存するために愛着を抱く生物学的傾向があるというものだ。その最初は母親であり、徐々に友人や配偶者に対してこうした感情を抱く。

 これはペット、とりわけ犬との間にも見ることができる。

 2000年の研究によれば、犬は3つの方法で人間を助けている。

1. 信頼でき、持続する関係を与える
2. 世話をする対象となる
3. 交友関係の優れた源を与える

 また2008年の研究は、ペットは「人間とのより複雑な関係に含まれる不確実性」の緩衝材という独特の関係をもたらしてくれると論じている。

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 そして、ペットに対してより強い愛着を抱くのは社会的に脆弱な人間(未婚者、離婚者、未亡人、再婚者、子供のいない人)である。また犬や猫が亡くなった子供の穴埋めをするという研究もある。

 私たちが一緒に狩りをすることはもうないが、今でもお互いに助け合っているのである。

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私たちは犬に借りがある
 エモリー大学の研究者はMRIで犬を検査し、人間と犬の脳にある尾状核という部分が非常に似た構造と機能を有していることを明らかにした。

 ここは、ベーコンや友人関係のような、楽しいことを期待する部位である。

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 このことから、犬は人間の子供に匹敵する感覚性を有していることが推測される。これは犬などの動物に対して法的・文化的保護を与えることを正当化する発見だ。


自分と愛犬レインボーを振り返って・・・
 私の犬は犬としては丁重に扱われていただろうが、人間としてなら酷かった。周囲の人間からは、私が犬の面倒をよく見ていた、犬は恵まれた人生を送ったはずだと言われた。

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 だが、留守がちでレインボウを長期間放置していたこともある。犬のような社会的な動物にとっては拷問にも等しかったろう。

 レインボウの隣に座っていたとき、私はとてつもない罪悪感に襲われた。

 彼女が白内障を患い、目が見えなくなったとき、私は治療を受けさせなかった。老犬だったし、費用もかかるからだ。だが、彼女はそれから4年生きた。

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 彼女は表へ出たがらなくなったので、キッチンには大量のおしっこシートを敷き詰めた。帰宅すると糞尿にまみれた彼女の姿を何度も見た。

 仕方なくシャワーで洗ったが、それが嫌いなレインボウはよく鳴いた。

 だが私が「もう潮時だ」と思ったとき、彼女はしばらく調子がよくなった。私の足を引っ掻いて、なでろと催促してくる。

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 ここ数か月、私は何度も「いつ犬を安楽死させるべきか」と検索した。だがやがて「犬を安楽死させるのはどんな感じか」に変わった。そして彼女の体調が酷く悪化し、その時を知った。

 彼女の隣に座り、痩せてしまった体に触れた。涙が出た。

 それでも私の人生が危機に陥ったどんなときでも彼女はそこにいてくれた――忠実で、愛らしく、慎ましい友人として。

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 犬の死が人間の死と同じであるのは、犬が多くの点で私たちに似ているからだ。

 彼らは私たちに愛情を注ぎ、私たちの愛情を受け入れてくれる。その命の物語は、私たちの命の物語だ。どのように別れを告げるべきか見当もつかない。

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 だがその瞬間、レインボウに、私の白い犬に伝えたかったことは一言だけだ

 「ありがとう!」と。


Why losing a dog feels like losing a family member
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